よはくのてちょう

手帖の余白に書くようなことを

サルに噛まれた話


今サルの写真を見ていて不意に思い出した。

サルに噛まれたことを。

小学生の低学年の頃だったと思う。

近所の魚屋さんがサル(たぶんニホンザル)を飼っていた。

彼(ないしは彼女)はいつも店の前の止まり木に乗っかって、道ゆく人を睥睨していた。

子どもたちはちょっかいを出したり出さなかったりだったが、サルの周りに集まることがよくあった。

その日もぼくは魚屋の前で数人の友人とともにたむろしていた。

なんとはなしに魚などを見ていると、不意に頭に痛みを感じた。

サルの奴がぼくの頭を噛んでいたのだった。

両手でつかんで、リンゴでもかじるように。

年齢からすると泣きだしてもおかしくなかったと思うが、泣かなかったと記憶している。

あんまりびっくりしすぎたのだろう。

友人や、魚屋のおっちゃんの方が焦って、なんとか引き離してくれた。

サルはなぜぼくを噛みたくなったのだろうか?

本気で噛んでいたら、いくらかは噛み千切られていただろうから、本気ではなかったのだろう。

たいして血も出なかったようだった。

ぼくの頭がなんだか美味しそうに見えたのだろうか。

それともなんとなくむしゃくしゃしていたのだろうか。

子どもたちにちょっかいを出されて?それとも出されなかったから?

あるいは、目の前にちょうど頭があったからつい噛みついてしまったのか。

ぼくとしては最後のが理由ではないかと思っている。

ぼくも、ときおり似たようなことをするから。

公衆電話が並んでいるような場所で、友人が電話をかけているその横で電話をしている人の、その電話の受話器を置く部分にあるボタンをチンと押してしまったり(当然、電話は切れる)。電話をしていた人は、ひどくびっくりした表情をしていた。ぼくもびっくりした。

電車で腰掛けていて、目の前にぶら下げられていた(他の人の)カバンの留め金をついパチンと外してしまったり。運良く中身は出てこなかったが。これもなかなかびっくり。

これは未遂だが、目の前に背中を向けて立っていた女の子のお下げをつい引っ張りかけてしまったり。

人は、ぼんやりしてるときについ、本能的に何かしてしまうようだ。

サルも似たようなものじゃないかと。

そのサルもぼんやりしていたところに、目の前になんだかちょうどいいものが出てきたのだろうと思う。

もちろん、その後、そのサルの近くでは油断しなくなりました。