闇こそ必要なもの。廃坑の町で死という名のゲームを遊ぶ子供たち。キット、アスキュー、アリー。
闇に魅入られる者がいる。夜をたのしむ者がいる。闇は孤独かもしれない。冷たいかもしれない。死のにおいがするかもしれない。しかし闇は豊饒でもある。
「あたしは夜が好き。世界が眠ってしまった夜は、なんでもできそうに思える」(『肩胛骨は翼のなごり』110頁)
アーモンドは一貫して夜の世界を描く。夜の言語は詩的だ。アーモンドは詩のように描く。夜の世界を。孤独な魂を。そして、孤独な魂が孤独でなくなる瞬間を描く。
キットは野蛮な少年アスキューを中心にしておこなわれる死という名のゲームを遊ぶ。闇に魅入られる。登場人物たちの語る言葉は呪いではない、祝祭でもない、そう…たぶん、魅入られし者のつぶやきなのだ。
しかし闇があるから光の歓びもあるのだ。闇を抱ける者だけが真に光を求めるのだ。闇を共有することができる者を見いだしたとき初めて魂の共感ができる。
「これがおれたちの世界だ」おじいちゃんはいった。「そうともさ、暗闇もたっぷり抱え込んだ世界だ。だがな、それを超えたところに、この歓びがあるんだよ、キット。この美しい光が」(20頁)
闇の底のシルキー | |
デイヴィッド・アーモンド著・山田順子訳 出版社 東京創元社 発売日 2001.10 価格 ¥ 1,995(¥ 1,900) ISBN 4488013163 bk1で詳しく見る |