よはくのてちょう

手帖の余白に書くようなことを

冬季オリンピック感想(1)国母選手のこと

冬季オリンピックははや前半が終わったようだけど、なんだか今回はやたら印象が薄い。
あまりTVで観られないということが大きいのだろう。
滑降が好きなので、それだけでもと思ってはいたのだが。

とりあえず一番印象に残っていたのがスノボ・ハーフパイプの国母選手の服装問題だったりする。
それも苗字の読み方がわからなくて、これで「こくぼ」と読むと知ったときに「へぇ」と思ったのが個人的にはいちばん大きかったりする。
TVなどからよく聞こえてきてた「こくぼ」は彼のことだったのか、と。「小久保」だと思っていた。

ともあれ、数年後にはかすかな記憶となり、「そんなこともあったっけ」となりそうなので、将来自分で読み返したときのためにメモでもしておこう。
冬季オリンピック感想」として書いておこうと思うのだが、今の調子では「1」だけで終わるかもしれない。
次の休みに期待。

経緯は国母選手が「腰パン」など崩した着こなしで出発の空港に現れたことに始まる。
これは公式の場ではないとは言える。
それに対し「だらしない」などいろいろ意見が来て、橋本聖子団長とともに謝罪会見などもあった。
その前に国母選手自身の「反省してまーす」というようなちょっと人を食ったような謝罪の言葉もあったようで、人々の神経を逆なでしたもよう。
競技ではたしか8位入賞。果敢に技に挑戦して失敗した結果なので当人的には問題なかったようだ。
帰国するときには、「ちゃんとした」着こなしになっていたらしい。

それにしても、そんな程度のことで大騒ぎしたものだ。
彼は結局、開会式への参加は辞退せざるを得なかった。
一時は競技に出させないというような意見もあったらしいが、怖い話だ。
スノボなどをやっている人たちの文化としては、ああいうスタイルを取るのは当然とも言える。
いわば、あれが彼らの正装なのだ。おそらく。
後で写真を見たが、着こなせていて似合ってたし、そんな不快感は抱かなかった。
問題なかったんじゃないかと思う。

ひとつの国の中には、昔の人々の国と、今の人々の国、そんな二つの国が必ずある。常時ある。
価値観は変遷していくから当然だ。
そしてその中間あたりの国のことは無視される。だいたいの場合。中間の国は主張が弱いのだ。

現在は、個性を重んじ自分らしさを出していくことを是としている風潮、あるいは教育がなされている。
そんな中で、こういうときは別、というのは説得力がないし、誰も判別できないだろう。
「常識的に」と言われても、その「常識」が異なるのだから。
そういう「しきたり」などは誰も教えていないし、親も「しつけ」をしていないというのが現在の日本なのだろうから。
もし、「こういう場ではこういう格好はよくない」というものがあるのであれば、事前に告知しておく必要があったのだろう。
その意味では、橋本団長の責任とは言える。
正直なところ、そこまで配慮できるものでもないとは思うが、ご本人も「私の責任」とは語っていたようだし。
ならば、たとえば会見も橋本団長一人で出て、「あれは彼の生き方そのものであり、それに対して他者がとやかく言うことはできない、しかし、服装のTPOを教えていなかったのは私が悪かった」とかいうようなことを言ってくれれば、カッコよかったかもしれない。

まあ、国母選手にも最後まで意地を貫き通してほしかったかもしれない。
ヘタに事を荒立てないように、大人の対応をしてしまったようで残念だったとは言える。
こはちょっとカッコわるかった。